参った。

これを読んだ後に、そこいらの物語を読んだら

「これ読めよド三流」「格の違いってやつを見せてやる!!!」

と叫んでしまいそうで。

本作「鋼の錬金術師」は、荒川弘という牛の形をした賢者の石が錬成した物語。

鋼の錬金術師 - Wikipedia
『鋼の錬金術師』(はがねのれんきんじゅつし)は、荒川弘による日本の漫画作品。また、それを原作とした派生作品。『月刊少年ガンガン』(スクウェア・エニックス)にて、2001年8月号から2010年7月号まで連載。全108話。 2010年10月号に番外編が掲載。 2004年、第49回小学館漫画賞受賞。2006年、第5回東京アニメアワード原作賞を受賞。単行本は全27巻で発売されており、累計発行部数は、スクエニ発行のコミックスの最高記録となる、5000万部を突破した。

引用した手前リンクも明示したが、未読の方はまだ上記リンクを踏まないで欲しい。同記事はネタばれ全開なので。

  • まずは物語外の話を。現在最終巻は単品買いだとAmazonで2-4週間待ちだということだが、全巻セットであれば即日買い可能である。サードパーティではなく出版社自身がやっているのがうれしい。私はこれで入手した。ホリデーギフトに最適すぎる。
  • 本作の錬金術によれば、人は肉体と精神と魂から構成されているそうだが、ヒロイック・ファンタジーのそれは才能と努力と運命。このバランスにおいて、本作は比類ない。諸作の配合比率をざっと見ると、才能の部分が大きすぎて興ざめになっている作品が多すぎる。エリート魔法使いの父母を持つハリー・ポッター、親父は三ツ星ハンターなゴン。世界一有名なヒロイック・ファンタジーであるドラゴンボールですらこれが当てはまるのは、「クリリンの事かー」でも明らかだ。
  • 本作の主人公、エルリック兄弟も天才級の才能の持ち主であり、そして後に父が「一般人」でないことが明かされるが、そういった生まれ持った才能に「どうせ天才だし」という感慨を抱くのは等価交換なしで人体錬成するほど難しい。なにしろ彼らの努力の動機は、失われた母を取り戻すというものなのだから。思春期前の男子をこれより強く突き動かすものなど存在するだろうか?
  • しかし「痛みを伴わない教訓には意義がない」。母を人体錬成で取り戻そうとした兄弟は、母を取り戻せなかったどころか兄エドは右手と左足を失い、弟アルは肉体そのものを失う。
  • 「人は何かの犠牲なしに何も得る事などできないのだから」。これが本作の根本ルール。制約と誓約があれば保存則などないように見えるHunter x Hunterや、保存則どころか因果律さえひっくり返せる神龍がいるドラゴンボールの世界より、本作の世界はずっと厳しくリアルだ。
  • そんな世界で失われたものを取り戻す主人公たちが旅する過程で世界、いや真実の姿を明らかにしていくというのが本書の構造であるが、連載漫画の場合そこに至る前に主人公たちは道草という名のサーカスに出るのが常である。漫画が現代の錬金術の一つである以上それは仕方がないことであるが、本作ではその道草がほとんどない。その証拠が冒頭の台詞。これ、明らかに連載を長く続けるために用意された水戸黄門の印籠なのだが、本作で第一巻と最終巻にしか登場しないのだ。しかも第一巻のそれと最終巻のそれは絶妙に変えられている。これはしびれる。
  • 世界の構造そのものは鋼という材料のごとく一般的なヒロイック・ファンタジーそのまま。賢者の石の正体や人柱の意味、そしてアメストリス建国の秘密などは「マップス」を読了した者であれば容易に解読しただろう。スケールもあちらの方がでかい。
  • 各人物を翻弄する運命もまた、新規性においてはそれほどでもない。ヒューズ中佐の二階級特進フラグの立ちっぷりのベタさかげんの「ああやっぱり感」ったら。
  • それでも読ませてしまうのが漫画という表現方法の凄さ。ああ来たらワシでも二階級特進するしかないよ。
  • 本書のもう一つの魅力が、女性たち。男の手によるヒロイック・ファンタジーはここがかなり弱くて、エロゲに通じる現実感の欠落をどうしても感じてしまうのだが、本作の女性達は、実に自然かつ必然的に強い。チチは女をスルーして悟空の妻、そして悟飯と悟天の母になってしまったが、ウィンリィは実に女の子で女だ。ゴンとキルアの師匠ビスケットも、エドとアルの師匠イズミも共に女であることは共通しているが、ビスケットの強さは「そういう設定」で片付けられているのに対し、イズミの強さにはきちんと理由がある。姉が少将で弟が少佐というのは、実に納得が行く男女差だ。
  • リアルに二児の父として参ってしまったのが、父という存在の「ぎこちなさ」までああも見事に描かれてしまったこと。それをエドの髪型で表現するという、漫画ならではの手法がまたニクい。本作が主人公達のみならず、ヴァン・ホーエンハイムにとってのハッピー・エンディングだったところは全父が涙もの。
  • ヒロイック・ファンタジーで最も難しいのは、「悪の動機」ではないか。19世紀ならとにかく、21世紀の読者は「悪だから」というトートロジカルな「設定オーライ」をよしとしない。ホムンクルスの人を見下しつつ憧れるといるアンビヴァレンスがすばらしい。エドのあの台詞は、これがあってはじめて活きる。
  • 本作における「真理」が、善からも悪からも超絶しているという設定も現代的。「残酷だが正しい」
  • 「その真理よりも大事なものがある」というメッセージは、まさに物語の醍醐味。
  • 本作は実に実に実にベタな物語である。それだけにネタとしてもおいしい。作者自身その誘惑に耐えられなかったようで、巻末、そしてカバー裏のネタは「ここまでやるか」というぐらいヒドオカシイ。個人的には11巻カバー裏がツボでした。
しかしそれを乗り越え
自分のものにしたとき…
人は何にも代えがたい
鋼の心を手に入れるだろう。

現代人にとって鋼とは、強さの象徴であると同時に、もっとも身近な材料でもある。本作は、その双方の意味において、鋼の物語である。今後本作抜きで物語を語るのは、鋼抜きで技術を語るに等しいこととなるだろう。

Dan the Alchemized