プラップジャパン社の松本様より献本御礼。
オビより
〈所有する〉から〈利用する〉へ
この大きな流れは、もはや止められない。
「若者の消費離れ」なんて言っている場合ではない。
この潮流がビジネスをどう変えていくのか。
本書でシェアしておこう。
本書「シェア」の原題は"What's Mine is Yours - The Rise of Collaborative Consumption"。「わたしのものはあなたのもの」はとにかく、Collaborative Consumption、本書の訳語で「コラボ消費」とは一体なんだろうか?
目次 - 書籍紹介|シェア~〈共有〉からビジネスを生みだす新戦略より- イントロダクション──私のものはあなたのもの
- パート1 新しいシェアが生まれるまで
- 第1章 もうたくさんだ
- 第2章 ハイパー消費の時代
- 第3章 「私」世代から「みんな」世代へ
- パート2 グランズウェル
- 第4章 コラボ消費の登場
- 第5章 所有よりもすばらしい ~プロダクト=サービス・システム
- 第6章 因果応報 ~再分配市場
- 第7章 みんな一緒 ~コラボ的ライフスタイル
- パート3 何が起こるか?
- 第8章 コラボ・デザイン
- 第9章 コミュニティはブランドだ
- 第10章 シェアの進化
- ●日本語版解説 小林弘人
20世紀の潮流は、「〈利用する〉から〈所有する〉へ」だった。「マイ」カーに「パーソナル」コンピューター。共有することの不便を、占有できるほど安く大量に製造することで解決してきた。前々世紀までは一部の選ばれた人しか味わえなかった便益を、そうして誰もが味わえるようになったことは人類の偉大な功績といってよいだろう。傘から携帯電話まで、人類の叡智が神の叡智に劣らぬことはルシフェル様も同意するしかないだろう。
それがなぜ、いま「〈所有する〉から〈利用する〉へ」なのか?
不況だからではない。
資源が枯渇したからではない。
一部の選ばれた人しか味わっていなかった、所有のうざさもまた誰もが味わうようになったからだ。
なぜ週末しか乗らない自家用車のために、ひと一人が十分住める不動産を用意し、固定資産税に匹敵する維持費用を払わなければならないのか?一生に15分しか使わない工作用ドリルをガレージに死蔵するのか?
必要なときに、必要なものを、必要なだけ使えた方が、よいのではないか?
同様の主張を、私は本blogでも著書でも繰り返して来た。「弾言」「働かざるもの、飢えるべからず。」の著者にとって、本書の主張に目新しさはない。
しかし、実際に「そんな共有で大丈夫か」?という不安に「問題ない」と言うためには、「一番いい事例を頼む」のが一番だ。本書には、そんな事例が一冊ぎっしりつまっている。
本書が示す共有の形は、前世紀までの「一杯のかけそば」的共有では決してない。「全員に行き渡らない」から「しかたなく」共有するのではなく、「行き渡ったところで持て余す」ことに気づき、そして占有せずとも占有に劣らぬ便益を得られるからこそ、共有するのである。
「占有せずとも占有に劣らぬ便益を得られる」。これが可能になってはじめて「〈所有する〉から〈利用する〉へ」が成立する。しかしどうやって成立させているのか?
本書でぜひご確認を。
確認した後は、さらに共有を。本書には共有可能な仕組みがあらかじめ組み込まれている。詳しくは以下のリンクを。
我々は、もっと豊かになれるし、豊かになる。
「貧乏人のものだくさん」に気づけば。
Dan the Blogger of Ours


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