ピアソン桐原の畑中様より献本御礼。

あのブルックスの法則から35年。銀の弾丸が幻に過ぎないことを知った我々は、それからどれほど進歩をとげたのか。

本人にたずねてみようではないか。

人月の神話」("The Mythical Man-Month")は、それを知らずに協調作業が何たるかを語ることが許されない一冊。作業をするだけの人であればとにかく、作業を命ずる立場の人で、本書を読んでないものはもぐりと弾言するのに私はやぶさかではない。

それほど重要な古典であるにも関わらず、長らく新品での入手が困難になっていたのは実に嘆かわしいことであったが、今回の新装版発行でそれもおしまい。今後は遠慮なくこういうことが出来る。

本書を読んでいないものに、管理職を務める資格はない、と。

その要諦は、次の一言に集約される。

「遅れているソフトウェアプロジェクトへの要員追加はさらに遅らせるだけだ」

s/ソフトウェア//としても成り立つ真理である。

人月という単位がある。2人月=60人日であれば、一人でやれば2ヶ月かかるということであるが、それでは30人を同じ仕事に投じたら、それは2日で完了するだろうか?

もし完了するのであれば、それはプロジェクト(project)ではない。

そういった作業(labor)は、あることはある。それを見つけたアダム・スミスは偉大だった。分業(division of labor)の発見なくして、産業革命はありえなかっただろう。

しかし優れた考えは、優れていればいるほど発案者の意図を超えて過剰に適用される。産業革命の悲劇は、分業不能なものまで分業可能として扱ってしまったことにある。21世紀の今でも、その考えはまだ死んでいない。時給というのはその考えの最たるものだろう。

「人月の神話」は、それは少なくともソフトウェアプロジェクトでは成り立たないということを世に問うた一冊だった。今ではソフトウェアのみならず、プロジェクトであればすべてブルックスの法則が成り立つことがわかっている。それどころか、ブルックスの法則が機械に対してさえ成り立つことすら我々は日常で体験するようになった。CPUの数を倍にしても、かかる時間は半分とはならない。

そこまでは、35年前にもわかっていた。

しかし35年前には、インターネットはおろかパーソナル・コンピューターすらなかったのだ。

これらが我々の手元にあり、そしてソフトウェア・エンジニアの常識に過ぎなかったブルックスの法則にだれもがぶちあたる現在、我々はどう分業をデザインすべきなのだろうか?

その問いに法則の発見者自らが答えたのが、「デザインのためのデザイン」("The Design of Design")である。早くも古典となりそうな予感がするのは、「人月の神話」にあった萌芽が、本書で開花しているからだろう。

そこには「人月の神話」の一刀両断さはない。そもそも「一刀両断などできない」というのが同書の結論なのだから。しかしそれは我々が無力ということでは全くない。不完全性定理が数学の終わりではなかったのに似て。

それが何なのかは本書で確認していただきたいが、あえて一言だけ抜き出すと、「素晴らしいデザインは素晴らしいデザイナから生まれる - 素晴らしいデザインプロセスからではない」ということにある。

人月とは、ヒトをモノ化する思想であった。それではヒトの値打ちは一番安いヒトビトのそれに集約するだけだし、そしてその一番安いヒトビトもモノにはかなわない。これは本blogでもくりかえしくりかえしくりかえし言ってることであって、最近も「真面目を真面目に考えてみた」ばかりである。

改めて、ヒトがヒトと仕事をするとは一体どういうことなのだろうか?

各自ともぜひご確認を。

Dan the Collaborator

「人月の神話」目次 - 人月の神話より
20周年記念増訂版序文
初版の序文
第1章  タールの沼
第2章  人月の神話
第3章  外科手術チーム
第4章  貴族政治、民主政治、そしてシステムデザイン
第5章  セカンドシステム症候群
第6章  命令を伝える
第7章  バベルの塔は、なぜ失敗に終わったか
第8章  予告宣言する
第9章  五ポンド袋に詰め込んだ十ポンド
第10章 文書の前提
第11章 一つは捨石にするつもりで
第12章 切れ味のいい道具
第13章 全体と部分
第14章 破局を生み出すこと
第15章 もう一つの顔
第16章 銀の弾などない―本質と偶有
第17章 「銀の弾などない」再発射
第18章 「人月の神話」の命題―真か偽か
第19章 「人月の神話」から二十年を経て
エピローグ 五十年間の不思議、興奮、それに喜び
注釈および参照文献
訳語について
訳者あとがき
索引
「デザインのためのデザイン」目次 - デザインのためのデザインより
まえがき
訳者まえがき
第I部 デザインのモデル
 第1章 デザインの課題
 第2章 エンジニアはデザインプロセスをどう考えるか――合理的モデル
 第3章 このモデルではどこがいけないのか?
 第4章 仕様,罪,契約
 第5章 より良いデザインプロセスモデルとは何か?
第II部 協同作業と遠隔協同作業
 第6章 デザインにおける協同作業
 第7章 遠隔協同作業
第III部 デザインの観点
 第8章 デザインにおける合理主義と経験主義
 第9章 ユーザモデル――曖昧であるよりは間違っている方がよい
 第10章 長さ,重さ,ビット,お金――計画配分すべきリソース
 第11章 制約は味方である
 第12章 テクニカルデザインにおける美学とスタイル
 第13章 デザインの手本
 第14章 熟練したデザイナはいかにして失敗するか?
 第15章 デザインの分離
 第16章 デザインの軌跡と根拠を表現する
第IV部 コンピュータサイエンティストが夢見る家屋デザインシステム
 第17章 コンピュータサイエンティストが夢見る家屋デザインシステム――頭脳から機械へ
 第18章 コンピュータサイエンティストが夢見る家屋デザインシステム――機械から頭脳へ
第V部 素晴らしいデザイナたち
 第19章 素晴らしいデザインは素晴らしいデザイナから生まれる――素晴らしいデザインプロセスからではない
 第20章 素晴らしいデザイナはどこからくるのか?
第VI部 デザイン空間を巡る旅:ケーススタディ
 第21章 ケーススタディ:ビーチハウス"View/360"
 第22章 ケーススタディ:家の増築
 第23章 ケーススタディ:キッチンのリフォーム
 第24章 ケーススタディ:IBMSystem/360のアーキテクチャ
 第25章 ケーススタディ:IBMOperatingSystem/360
 第26章 ケーススタディ:Computer Architecture: Concepts and Evolutionの本のデザイン
 第27章 ケーススタディ:共同計算センターの組織編成:トライアングルユニバーシティ計算センター
 第28章 推奨文献
謝辞
参考文献
索引