事実を正しく指摘してはいるけど、「本当の理由」ではないと思う。

Life is beautiful: 日本のケータイが「ガラパゴス化」した本当の理由
ということで、再度繰り返すが、日本のケータイ・メーカーがこんな状況になってしまったのは、独自規格のためなんかではなく、ドコモからの「調達」という甘い蜜に飼いならされた日本のメーカーの経営陣が、2000年代の前半にリスク覚悟で海外に本気で進出する、という戦略を取らなかった・取れなかったことにある。言い換えれば、ケータイがガラパゴス化したから負けたのではなく、メーカーの経営陣が(肉食獣のいない島国で)ガラパゴス化したから負けたのである。

負けたのは日本のケータイ・メーカーだけではないのだから。

もしそれが本当の理由だとしたら、なぜNokiaにはiPhoneが作れなかったのだろう?なぜBlackberryは日本で普及しなかったのだろう?

その答えは、15年も前にこの本に予言されている。

インターネット」の主張のキモは、たった二つ。

  1. インターネットにおいてスマートなのは、両端だけでいい
  2. 使いたい放題でなければ「本物のインターネット」ではない

なぜiモードは「スマート」ではないのか。終端ではないからだ。iモード端末自体は、IPアドレスを持たない。IPアドレスを持っているのはあくまでDOCOMOのproxy serverであって、そこから端末までは別のプロトコルでつながっている。

それに対し、iPhoneはIPアドレスを持っている。IPアドレスを持っているのでクライアントのみならずサーバーにもなるというのは、iPadアプリではあるが同じくiOS用アプリであるCloudReadersの作者には釈迦に説法というものであるが、この違いは実に大きい。「ネットにどう繋ぐか」の主導権がどちらにあるかということなのだから。iPhoneでは、その主導権はiPhoneにある。だから3GでなくともWiFiでもいいし、実際WiFiの方が快適だ。

iモードは、あくまで「ネットにもアクセスできる電話」。iPhoneは「電話もできるインターネット・ホスト」。

これはキャリアとしてはとても看過できることではない。iPhoneのあり方を正しいと認めるのは、自らのあり方を誤っていると認めるに等しいのだから。たとえそれが正しいと理解はしても、自ら音頭をとって進めるのは立場上無理がありすぎる。

それでも「終端もどき」が本物の終端に置き換えられるのは、これが初めてではない。AOLもまさにそうだった。ダイアルアップ時代は、あれこそが「インターネット」だと思われていたし、だからこそ「全てを制す」べくTime-Warnerと合併したりもした。

しかし、インターネットにおいて重要なのは、結局のところ両端なのである。

そのiPhoneが可能になったのも、有線の世界ではすでに当たり前となっていた定量課金が、パケホーダイという形で無線の世界にももたらされたから。もし従量課金だったどうなるかは料金案内を見ればわかる。ソフトバンクであれば「確定前料金」だ。従量課金時代の名残で、キャリアは今なおパケット数をきちんとカウントしている。iPhone 4を三日に一度しか充電しない出不精の私ですらこの額が月1万円以内に収まったことは一度もない。

それではDOCOMOがダメなら端末ベンダーに出来たかというと、これも疑問だ。パソコンでも携帯電話でも、彼らはハードウェアという器を作って来たに過ぎないのだから。中身はパソコンではMicrosoftが作るものであり、携帯ではキャリアーが作るということに慣れていた彼らには、そもそも「主導権を握る」という発想自体無縁だったはずだ。そんな彼らが、「もう一方の終端を抑えている」GoogleにAndroidを作ってもらった途端、嬉々として端末を作り始めたのも、その傍証にすぎない。

端末ベンダーにスマートフォンを開発しろというのは、メイドさんに「自らのご主人様になれ」というようなものではないか。メイドはご主人様につかえるからこそメイドなのであり、自ら主人になるリスクを冒すぐらいなら別のご主人様を探すのが彼らの生きる道というものではないか。

Dan the (Phonephobia|Netphilia)