この話題に正面から取り組んだ本は意外と少ない。はじめから日本語で書かれたものともなると、なおのこと。その意味において本書は仕事を必要とする人全てが読んでおくべき一冊である。

しかしこの問題は「正面から取り組む」という姿勢そのものが間違いだという思いを年々強くしている。本entryはよって、本書に何が書かれているかより何が書かれていないかを主に書くことになる。

本書「コンピュータが仕事を奪う」は、コンピューターと知的労働の関係を、教育者らしく真面目に、数学者らしく必要十分に考察した一冊。だからこそ、この問題に関する「正解」を提示するのに失敗している。

オビより
人間の仕事を楽にするはずのコンピュータは、爆発的な処理能力の向上により人よりはるかに速く、安く仕事をこなし、私たちの職を脅かしつつある。絶対に人にしかできない仕事とは何か、そしていま私たちは何を学ぶべきか。
目次
はじめに—消えていく人間の仕事
第1章 コンピュータに仕事をさせるには
第2章 人間に追いつくコンピュータ
第3章 数学が文明を築いた
第4章 数学で読み解く未来
第5章 私たちは何を学ぶべきか
おわりに—計算とともに生きる

勘違いしないでほしい、本書の解答は、本書の立てた問題そのものに対しては「間違い」ではない。コンピューターは万能ではない以上、コンピューターに出来ない仕事は依然残る。具体的にコンピューターに何が出来て何が出来ず、どのような仕事が残るのかは本書で是非確認していただきたい。

しかし「どうすればコンピューターに仕事を奪われずに済むのか」という本書の設問は、「人には仕事が必要である」ということを暗黙の前提としていて、そして本書はこの前提から一歩も外に踏み出すことがない。そのことは、本書の結びからも伺うことができる。

P. 218
医者も教育者も研究者も、商品開発者も記者も編集者もセールスマンも、耳を澄ます。耳を澄まして、じっと見る。そして起こっていることの意味を考える。それ以外にコンピュータに勝つ方法はないのです。

「コンピュータに勝つ」ということは、本書においてコンピューターは労働者として擬人化されているということである。「コンピュータ」は「我々から仕事を奪う」「あいつら」であると。本書におけるコンピューターはその意味において"My Job Went to India"のインド人や中国人と変わらない。

しかしそもそも仕事なるものは人が人として生きて行くのに欠かせないものなのだろうか?

本書の設問そのものにこう疑問を投げかければ、答えは明らかとなる。

本書にないもの、それは「遊」である。

コンピューターに出来ないことのうち、なぜかこれだけ抜けているのである。

コンピューターは、仕事しか出来ない。ゲーム機で遊んでいるのは人であってコンピューターではない。そしてコンピューター以降に創出された仕事のほとんどは、ゲーム機に代表されるように、遊びそのものか遊具づくりなのである。なぜ未だに多くの人が仕事にありつけるのか。不要不急の遊びが仕事化されたからだ。

高度に発達した学びが遊びと区別がつかない」のと同様に、「高度に発達した遊びは仕事と区別がつかない」のである。

もういいかげんこのことが常識化しないと、仕事が必要だと思い込んでいる人々はますます苦しまなくてもいいことに苦しむことになるだろう。いや、すでにそうなっている。「働かざるもの食うべからず」の行き着く先は、The Matrixしかありえない。本書もそう認めている。ほとんどの人は、青いピルを選ぶのだ、と。

だから私は今後、「何をしてますか」という質問には、あえてこう答えることにしよう。

「遊んでいます」、と。

それもコンピューターで。

仕事なんて、コンピューターにくれてやればいい。

白川静が生前言っていたように、遊ぶのは彼らコンピューターの「神」たる我々にしかできないことなのだから。

Dan the Metaplayer