重すぎてピンと来ない。

年金支給50兆円突破 受給者1人に現役1.8人 : J-CASTニュース
公的年金の支給額は2009年度末現在で50兆3000億円となり、初めて50兆円を超えた。前年度に比べて2.8%の増加だった。厚生労働省が2011年1月24日に発表した「2009年度厚生年金保険・国民年金事業の概要について」でわかった。名目国内総生産(GDP)に対する割合が1割を超えたことになる。

ピンと来るようにしてみた。

要するに、支出面において現役世代は一人ないし二人の「子供」を養育しているのと同じわけだ。

もしこの「子供」がいなかったらどうなっていたか。

その一部は、本当の子供になっていたのではなかろうか。

子どもの貧困」 PP. 95-96
十八カ国中、日本は唯一、再分配後所得の貧困率のほうが、再分配前所得の貧困率より高いことがわかる。つまり、社会保障制度や税制度によって、日本の子どもの貧困率は悪化しているのだ!
Economic Survey of Japan 2006: Income inequality, poverty and social spending 37139501fig4_6_E.

そうなるのも、これを見ればしごく当然と言わざるを得ない。

年金給付50兆円突破 現役1.8人で1人支える  :日本経済新聞
名目GDPに占める年金総額の比率も05年時点の9%前後から10%を超えた。05年時点で米国の同比率は6%、経済協力開発機構(OECD)加盟国の平均で7.2%だった。

これだけは確かだ。現役世代にとって、老後の安心なんてとんでもない贅沢であるだということは。今そこにある不安と戦うのに精一杯なのだから。

現在公的年金を受給しているみなさんにお伺いしたい。

あなたの老後の安心というのは、あなたの娘や息子の安心を奪ってまで得るべきものなのか、と。

もしかして生まれていたかも知れない、あなたの孫を奪ってまで得るべきものなのか、と。

年金をいくらもらおうが、いつまでもらおうが、我々はいつか死ぬ。

それでも安心して死ねるのだとしたら、その後にも我々の子供が生きているからではないのか?

私としては、子供たちの不安をよそに自らだけ安心して生き続けるより、然るべき時期に安心して死ねる社会を望む。不死ならぬ我らにとって、「親死ぬ、子死ぬ、孫死ぬ」こそめでたき事なのだから。「親生きてることにしとく、子それにすがる。孫生まれぬ」というのは、社会的逆縁幇助でなければ何だというのか。

実際、長生きというのはますます不人気な幸せの形になっている。

「長生きしたくない」と考える若者が増加中! 大人に無気力な若者を責める資格はあるのか|消費インサイド|ダイヤモンド・オンライン

このアンケート、さまざまな見方が出来ると思うが、私はこれを、しごく単純に我々は他人を不幸にしてまで幸福になりたくないことの証だと見る。

賦課方式の公的年金は、本当に受給者を幸福にしているのだろうか?

単に死の恐怖を先延ばしにしているだけではないのか?

公的年金がどうあるべきかという議論は、そこまで立ち戻ってする必要があるのではないか?

「長生きはよいことだ」を公理にされたら、矛盾しか出てこないのだから。

Dan the Father of Two