ただの「ソーシャル・カンニング」(social cheating)として片付けるのは簡単だけど…

[入試ネット投稿]京大が被害届提出へ 偽計業務妨害の疑い(毎日新聞) - livedoor ニュース
入試問題が試験時間中にインターネットの質問掲示板「ヤフー知恵袋」に投稿された問題で、京都大は27日、偽計業務妨害の疑いがあるとして京都府警川端署へ28日に被害届を出すことを明らかにした。同志社大も京大などとの連携を表明しており、追随するとみられる。入試問題漏えいが刑事事件に発展する可能性が出てきた。

そうやって片付けちゃうのはもったいないんじゃないかな。

教える側も、教わる側も。

今まで通り、「自力で答えを出す人」が欲しければ、対策は簡単。

全裸で受験するようにすればいい。

全裸が無理なら水着ってところか。

だけど、京大が欲しているのはそういう人なの?

いや、税金を投じているのだから、納税者たる我々が欲しているのは、こう言い切っちゃってかまわない。

我々が京大生に欲しているのは、そういう人なの?

むしろ「答えがいのある質問をする人」「解きがいのある問題を見つける人」ではないのかな?

ほぼ日刊イトイ新聞 - 適切な大きさの問題さえ梅田 生まれれば。
そうです、そうです。 ぼくは、「Ruby」という オープンソースのプログラムをつくった まつもとゆきひろさんという人に 「オープンソースの秘密」について うかがったことがあるんですけど、 彼がとても興味深いことを言ってたんです。 どういうことかというと、 彼にはまず、つくりたいものがあるんですね。 誰かのために、というのではなく、 「自分はこういうものがつくりたい」と思って ひとりでダーッとつくっていく。 そうすると、自然に適切な大きさの 問題が生まれていくというんですね。 たとえば、自分のつくりたいことが、 この机いっぱいくらいの大きさだとすると、 「この机いっぱいの大きさのものをつくる」 と宣言してつくりはじめるんだけど、 人間ひとりのできることには限界があるから、 まあ、一部分だけしかできない、と。 そうすると、あいつが言ってたのに できてないところがここにあるぞ、とか、 つくったというけど欠陥があるぞ、とか、 毎日毎日動きを続けていると、 適切な大きさの問題が つぎからつぎに生まれるんだそうです。 で、それさえ生まれれば、 インターネット上にはそれを解決する人が現れる。 新聞にクロスワードパズルが載っていたら それを解く人がいるように、 それをみんなが解いていくんだと。

そのRubyには、最近中学生コミッターが誕生したけど、@sora_h みたいな子じゃないの?本当に欲しいのは。

大人の社会では、「自力で答えを出す」というのは模範解答でも何でもない。

もしそれが模範解答だったら、アポロ13号の乗組員たちが生還することはなかった。実際のところは、ご存知のとおり。ご存知ないかたは映画を。三名がやったのは、"aicezuki"クンと全く同じ、問題を正確にヒューストンに報告すること。解いたのは、「地上の星」たち。空気清浄機一つこさえるのだって、地上で手順を細かく定めた上で、三名はそれに一つ一つ従っている。

三名にあったのは、 knowledge ではなく literacy 。Literacy とは何か?

甘える力、なんじゃないかな。

先日「高学歴でも失敗する人、学歴なしでも成功する人」を献本いただいた。この場を借りて御礼。この本、このタイミングで林原をヨイショしてたりしてあちゃあ、やっちまったあというのは簡単なのだけど、一ついいこと言っている。

それは「ストリート・スマートは甘え上手」ということ。

自力救済に固執しないってこと。どんどん甘えて、それ以上にどんどん甘えさせる。

「こいつに頼めば、何とかなる」。大事なのはそこであって、「自分で何とかする」かどうかは二の次。

ただし、人に頼んで何とかしたのに、自分でやったと言い張るのは、まさしく cheating 。日本語ではなぜか「カンニング」と呼ばれるこの言葉、英語ではずっと重い。どれくらい重いかと言えば、この言葉が「不倫」を意味することからもわかる。

"aicezuki"クンがなぜ駄目なのか、本当の理由はここにある。

答えを外注したことじゃない。日本の大学ではどうか知らないけど、私がいた大学では、考査のほとんどは open book 。教科書も参考書もノートも持ち込み自由。実際のところ、教科書なんてのんびり調べている暇はないんだけど、それでも「学力」に「調べる力」を含めていることは、ウェブがなかった当時から open だった。

"aicezuki"クンを看過できないのは、それを内製したと--入試というシステム上、自動的に--主張しているからなんだよ。産地偽造を看過しがたいのと同じ。それじゃ産地は浮かばれないよね。

だけれども、頼んだ人に謝辞を述べることまで含めて、人から力を借りて何かを成し遂げることを、今後の入学審査ではポジティブに評価するべきなんじゃないかな? 全員「甘ったれ」ではアカン、ということであれば「全裸入試枠」を別に用意すればいいだけの話だし。

具体的にどうするかは、私も「自力」ではなくこうして読者のみなさんに「甘える」ことにして。

Dan the "Social Cheater"