前作に引き続き、日経BP中川様より献本御礼。

惜しい。実に惜しい。

何が惜しいかというと、一番大事で難易度が高い「8つ目の法則」が抜けていること。

本書「スティーブ・ジョブズ 驚異のイノベーション」は、前作「スティーブ・ジョブズ驚異のプレゼン」をより一般化したもの。それだけにより難しいのは当然で、「見落とし」があるのは想定の範囲内ではあった。

目次
法則1:大好きなことをする(キャリア)
法則2:宇宙に衝撃を与える(ビジョン)
法則3:頭に活を入れる(考え方)
法則4:製品を売るな。夢を売れ。(顧客)
法則5:1000ものことにノーと言う(デザイン)
法則6:めちゃくちゃすごい体験をつくる(体験)
法則7:メッセージの名人になる(ストーリー)

そして見落とされていたのは、やはりこの法則だった。

法則8:正しい事を、正しい時に(忍耐)

このことは、実はiPhoneが登場した時にも指摘した。

404 Blog Not Found:Jobs' duck jobs
ところがAppleは、いまだに「奇襲」に成功しつづけている。Intel Macの時にはIntelと5年以上、そして今回のiPhoneではCingularと2年以上、協力体制を取り続けて来て、しかもそれを隠しおおせている。こんな真似は今やCIAにも出来ないかも知れない。

今週中にでもリリースされるかもしれない、Lionを例にとってみよう。

まずネット配布。これ自体に新規性はない。OS X自身以前から開発者向けにはずっとそうしてきたし、オープンソースOSではむしろこちらが当たり前。しかし有料のOSでこれに踏み切ったのはやはりイノヴェィティヴではあるが、そこまで踏み切るためにはブロードバンドインターネットの普及と、有料での配布手段が欠かせない。これらを整えてはじめて、ネットのみの販売が受け入れられるようになる。Snow Leopardの頃には前者はあったが後者がなかった。

つぎにリカバリーパーティション。Windowsノートブックではむしろ当然のリカバリーパーティションの採用をAppleはかたくなに拒んで来た。MacBook Airでさえ、リカバリーUSBメモリーを添付したぐらいだ。なぜか?「リカバリーしかできない」のでは、客に受け入れられないことを熟知していたからだ。

Lionのリカバリーパーティションは、違う。Disk Utility はもちろん、 Time Machine からのリストアもできる上、Safariまでついている。これでネットで指示をあおぎながら、「最悪の手段」、つまりフルリカバリーに踏み切るのを極力避けることができる。

それでいて、650MBしかない。Windowsノートブックでは8-10GBあるのになぜLionではこれで足りるかと言えば、いざフルリカバリーする際にはネットからリカバリーイメージをダウンロードするようになっているからだ。

リカバリーメディアがあれば当たり前に出来ることが、なくても出来るような環境が整うのを、ずっと待っていたわけだ。

USB 3.0の採用に消極的な一方、Thunderboltを採用したのもこれが一因だろう。USBではその仕様上、ターゲットディスクモードを実現できない。いざという時にそれがどれほど有用なのかは、Firewireで新旧Macをつないで移行作業をしたことがある人ならば皆知っている。一度は廃止しかけたFirewireを、Appleは事実上これがために復活させている(それをサポートしていないMacを二台も持っている私も私だが)。しかしSSD搭載が珍しくなくなった今日、Firewireではその速度を活かせない。Thunderbolt搭載のMacを買った人が真にその恩恵を受けるのは、そのMacを手放す時かも知れない。

機が熟すのを待つために、ある時はすでに手に入る技術を見送り、ある時は今日はまだ(普及して)ない技術を投入する。

そういう忍耐力は、むしろ the Best and the Brightest ほど持ちにくい。彼らはできたてほやほやの技術を、その周辺をかえりみずに投入したがる。その結果、「人類には早すぎた」プロダクトで押し入れはあふれかえることになる。押し入れから出す頃には燃えないゴミになることはわかりきっているのに。

技術者たるもの、1000の No ぐらいへっちゃらだ。彼らはその前に 10,000 の Not Working にたえているのだから。

しかし10どころか1の Not Yet すら堪え難い。「もう自分の手元では動いているのになんでリリースしちゃだめなの?」客の手元で動くとは限らないからに決まっているのだが、それをわかっていてもなお待つのは辛い。

Jobsはどうやって彼らを待たせているのか?

それを一番知りたかったのだが…

Dan the Impatient