「弱い者は当然守られねばならない」のか「若者がお年寄りを支えるのも当たり前」なのかはとりあえずおいといて、なんですか、これ?

生活保護について|渡邉美樹オフィシャルブログ 夢に日付を! Powered by Ameba
生活保護を現金でなく、現物でできないかと考える。

本当にこう言った人の台詞?それとも同姓同名の誰か?

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あなたのお金は、直接民主主義の一票です (ワタミ社長渡邊美樹の「もう、国には頼らない。」):NBonline(日経ビジネス オンライン)
学校教育は誰のためにあるのでしょうか。教師? 文部科学省? いいえ。そこで学び育つ、子どもたちのためにあるのです。病院は誰のためにあるのでしょうか? 医者? 厚生労働省? いいえ。そこで治療を受ける患者さんのためにあるのです。老人ホームは? お年寄のため。農業は? 食事をとるあらゆる人たちのため。

基本に立ち戻って、なぜ現物支給は現金支給より劣るのかを改めて考えてみることにする。

現金支給と現物支給の違いは、生活に必要な現物を誰が用意するかにある。

前者は、受給者。後者は、支給者。

後者では、何をどれだけ用意するかを考えるのは支給者ということになる。現物支給の方が現金支給より善策となるためには、支給者の方が受給者以上に受給者が何が必要なのかを知り、その上で支給者はそれを受給者が各自調達するより安く調達しなければならない。

そんなことって、ありえますか?

例えば受給者が一日2000Kcalの食糧が必要だということがわかっていたとする。それだけでは何を支給すべきかは決められない。米?麦?カップ麺?だとしたら日清それともマルちゃん?

私が今晩何を食べるべきか、私より政府の方がわかるんですか?

仮にわかっていたとしても、それを受給者が支給された現金を使って調達するよりも安く支給者が調達できなければならないが、もしこれが事実ならワタミは公営化された方がいいという結論にしかならないのでないか。

「現物どころか現金を支給するのもまかり通らん」という人は、「弱い者は当然守られねばならない」ということが当然だと思っていない。私も当然だとは思っていなかった。もし弱者というのが世界のどこで何をやっても同じように弱い人を意味するのであれば「それ以前にそんな人いないじゃん」というのが私の答えだ。

Talk:Albert Einstein - Wikiquote
Everybody is a genius. But if you judge a fish by its ability to climb a tree, it will live its whole life believing that it is stupid.
誰もが天才だ。でも魚の能力が木登りでおしはかられたら、魚は一生自分が間抜けだと思って過ごす羽目になるだろう。

これ、Google PlusではSPAMじゃないかってぐらいよく流れてくる台詞なのだけど、「守るべきもの」というのは木登りができない魚を憐れむほど傲慢かつ滑稽なのではないか。

「弱者救済」は木に引っかかった魚を水に戻すことであって、魚が木に引っかかったまま餌付けをすることではないはず。

でも我々は--少なくとも私は--あなたにとっての水が何なのかをしらない。いや、私だって自分にとっての水がどこにあるのか知っているのか怪しいものだ。だから「ここで暮らしなさい」より路銀を渡されて「好きなところに行きなさい」の方がありがたい。それならば旅先でひどい目にあっても、行き先を選んだのが自分である以上納得も行く。

もちろん「現物支給の方がいい」可能性を私は否定しない。必要なのは受給者よりも賢く安くそれを提供できることなのだから。個別に買っていたら道路とか医療とかはどう見ても高くつきそうだし、インターネットプロトコルに代わるプロトコルをわざわざ政府が再発明する必要があるとも思えない。

でもそういったもの以外は、個別に買ってもらった方が速くて安くてうまい。

だから、政府が市民に支給するべきもので一番大切なのは、現金でも現物でもなく自由の保証だと私は考えている。これがなければいくら現金を支給されてもそれで何を買うかが政府に決められた以上、現物支給と代わらないのだから。

Dan the Tree-Climbing Fish