第五作にしてついに出版社より献本御礼。

ミルカさん、すごくいい。

でも

ミルカさん、ちょっとずるい。

本書「数学ガール/ガロア理論」は、もはや定番となった「数学ガール」シリーズ第五作。

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「数学ガール」シリーズは、シリーズ化された第二作以降は「散策型」と「踏破型」を繰り返して来たので、第五作目が「踏破型」になるのは予想していたけど、何を踏破するかまでは今回予想していなかった。そうきましたか。

目次
あなたへ
プロローグ
第1章 あなたのあいするあみだくじ
第2章 眠りの森の2 次方程式
第3章 形を探る
第4章 あなたとくびきをともにして
第5章 角の3等分
第6章 天空を支えるもの
第7章 ラグランジュ・リゾルベントの秘密
第8章 塔を建てる
第9章 気持ちの形
第10章 ガロア理論
参考文献

見事な踏破。404 Blog Not Found:群の叡智 - ガロア理論を知るための三作の各作で感じた違和感と不満感がすっきりと解消されている。ガロア理論を知るにとどまらず解りたいと欲するのであれば、今後はこれが第一選択だ。

しかしそれ以上によかったのは、本書がガロア理論という、発見者とは独立に成り立ちえる数学理論を理解するというテクニカル・メリットを満たした上で、エヴァリスト・ガロアという、本書の主人公たち(数学ガールズ+「僕」)とさほど変わらぬ年齢で孤独な死を遂げた一人の若者を悼むレクイエムとしてのアーティスティック・インプレッション。

P. 354
「でも、かっこいいにゃあ」
「ユーリ!」とミルカさんが鋭い声を出す。
 レストラン中がしーんとなって、みんながこちらを見る。
「……そんなこと言うな」とミルカさんは声を落とす。 「ごめんなさい」とユーリは素直に謝った。
 ミルカさんは少しの沈黙の後、口を開く。
「ガロアほど激動の人生を送った数学者は少ないだろう。多くの人が、ガロアの決闘の原因を推測する。革命の余波か、同胞の裏切りか、恋愛沙汰か。私は決闘の原因よりも一つの事実に心動かされる。彼は--」
 ミルカさんは静かに目を閉じる。

「彼は、21歳になれなかったのだ」

数学的業績は、本来数学者とは独立して成立するものだ。だから数学者たちはそれを「発明」と呼ばず「発見」と言う(このことに関しては「史上最大の発明アルゴリズム」文庫版の解説で書かせていただいた)。発見者の人なりを一切知らずとも、我々はその力を用い、その美しさを愛でることができる。

しかしガロアの儚い生涯をスルーして、ガロア理論だけを見る事は難しい。多感な10代ともなれば、なおのこと。もっと知りたい人は「ガロア 天才数学者の生涯」を。この場を借りて献本御礼。

彼とニールス・アーベルの夭逝が、一般人はおろか今や職業としても成立しているプロの数学者たちにさえ深い影を落としていることは、フィールズ賞の年齢制限やアーベル賞の成立にも伺える。彼ら数学者にとって、いや数学者を志す若者にとって、かくして数学的発見は「魂を差し出すに足る」ものとなった。

しかし著者は、そのことを全力で悼みつつ、それ以上の力で魂まで差し出すことを戒めている。

夭逝は、数学者を偉大足らしめる必要条件でも充分条件でもないのだから。

その反例として最も著名なのは、オイラーとガウスだろう。

「ミルカさんちょっとずるい」場面は、この両者の発見の利用のしかたに関連する。

一つはオイラーの公式。そしてもう一つは代数学の基本定理。どちらも「散策部」で登場する。「数学ガール」は「踏破型」の場合でも必ず散策が登場する。それは数学ガールを数学ガールにするためになくてはならないものだけど、本書において以上の二つは数学ガールの宇宙では未踏であるにも関わらず(わざわざそれを確認するためにシリーズ読み返す羽目になった)、ミルカさんはそれを「ぽん」と他の主人公たちに放り渡している。

これが「数学ガール/フェルマーの最終定理」のように、そうしないと先に進めないというのであればまだ仕方がないかなとも納得できるのだが、この二つ、実はそれがなくともガロア理論は成立するのだ。

ミルカさんがいかに丁寧に数学的知見を手渡しているかを知れば、なおのことこの二つを「しれっと」手渡すことがショックなのである。

P. 96
「こんなクイズはどうだろう」ミルカさんが言った。

 巡回群はすべてアーベル群であるといえるか?

「わかんない」とユーリが言った。
「違う」とミルカさんがテーブルをたんと叩く。びくっと身をすくめるユーリ。「そこでユーリは《アーベル群の定義はなんですか?》と問うんだ。

なのに

P. 118
「《n倍とn乗》つまり《乗算と冪算》の関係なら、三角関数より指数関数のほうが見通しがいい」とミルカさんが言った。「オイラーの式 --

 e = cos θ + i sin θ

--を使ってド・モアブルの定理を書き直す」

「違う」と弾はキーボードをだんと叩く「そこでテトラは《オイラーの式とはなんですか?》と問うんだ」。

というわけでhyukiせんせえ、次はオイラーをやりましょう。散策型で。オイラーの式へもきちんと到達した上で、オイラーの人なりもきちんと取り上げて。

  1. 数学者だって長生きしていいんだというこの上ない事例だし
  2. 到達型はもう「オイラーの贈物」がやっちゃているし
  3. 散策すべきポイントがオイラーの式以外にも盛りだくさんだし
  4. シリーズ全体を通して離散数学がひいきされすぎている感じがするし
  5. オイラーの式は高校でも(科目を選択すれば)教えるので、村木先生にも晴れ舞台が用意できるし

第一作(というより第零作)でオイラーの式の一歩手前で引き返しちゃった悔しさもあるし。というわけで、次回作はオイラーランドへの修学旅行ということで一つ。

Dan the Math Boy