同社吉岡氏経由で著者より献本御礼。

2012-06-28 - 未来のいつか/hyoshiokの日記
本書は、英語で苦しんでいるすべての人にお勧めしたい。

With all due respect, you are wrong.

なぜなら、本書は英語に関する本ではないからだ。

そして、著者の言うところの"Englishnization"に関する本でも実はない。

本書は Rakutenization の本なのだ。

本書「たかが英語!」にはENGLISHNIZATIONという副題がついているが、この時点で「この本に従えば英語が上手になる」という考えはKONA☆GONAに飛び散る。

だってこれ、Engrishだもの。

English だとしたら、Englishization になってたはず。

Englishization - Wiktionary
making use of the English language as a lingua franca and converting material in the local language into English in an international corporation or other organization.

形容詞foobarfoobar化するには、-izationを付ける。-nizationはないぜーしょん。たとえば Americanization は American-ization であって America-nization ではない。TOEICのクラスでは教えてくれないかも知れないが。

実際ぐぐってみると、なかなか痛い事になっている。

まあたかがn一個だしそこは大目に見るにしても、そもそも本書には英文は一つも出てこない。英単語や英語句ならば出てくるが、"This sentense is six words long."のような、大文字からはじまってピリオドで終わる文は一つもない。

本書で英語化の意義を学んだり、ましてや最先端のIT企業における英語の用法を学ぼうというのは、長嶋茂雄語録を読んで英語をマスターするのに等しい。この点では「日本人の9割に英語はいらない」の方がおすすめだ。少なくとも同書には三回転フライング土下座を英語でどう表現するのかの実例が出てくるのだし。

それでは、本書を買うぐらいなら Egg and Mentaiko Bukkake Udon を大盛りにしてもらった方がいいのか?

否、と言わせていただく。

ただし、そのためには行間を読まなくてはならない。

本書の本当の主題である Rakutenization は、単語すら出てこないのだから。

楽天とは、何か?

以下は私が本entryからぴったり六年前に書いたものである。

Englishnization[sic]はまだはじまっていないが、楽天の印象はその頃からほとんど変わっていない。ぶれないという点では実に立派である。<title>タグ中の"Shopping is Entertainment!"も健在である。

一言でいうと、こうなる。

しかし6年前の私は、 Rakutenization の何たるかまでははっきりわかってはいなかったのだ。もしかして、著者もわかっていないのかも知れない。わかっていたらEnglishNizationとはとても言えないぜーしょん。この造語、いや造語という行為そのものが unrakutenizing なのだから。

楽天を楽天たらしめているものは、何か?

徹底した二番手戦略である。

1995年に海の向こうでamazon.comが産声をあげたかと思えば、1997年には楽天市場を開設し、2004年にライブドアが球団買収に名乗りをあえたら間髪入れずに名乗りを上げ、AmazonがKindleをはじめたらKoboを買収し…

かっこよいとはいえない。Coolでない。不酷。

ところがどっこい、楽天は生き残っている。

生き残っているどころか、成長している。

成長しているし、顧客の支持も得ている。

誰よりも早く一番の後を、まだ一番が乗るか反るかもわからないうちから、ぴったりとついてきたからだ。

二番手戦略というのは、端から見ているほど簡単ではない。もしかして一番手戦略より難しいかも知れない。一番手が得る栄光は手放さざるを得ないし、一番手ほどの利潤も得ることもない。そして何より、一番手の後に続きたいものはいくらでもいるのだ。スマートフォン市場を見ればいやでも納得せざるをえない。Appleの後を追うものは多くても、その中で利益を得ているのはSamsungだけではないか。

そのSamsungのスマートフォンラインアップと楽天のページがそのカオスぶりにおいてクリソツなのは偶然ではない。

なぜ、著者は楽天をEnglishnize[sic]しようとしているのか。

それが、二番手戦略に欠かせないからだ。二番手であるために最も重要なのは、スピード。いちいち通訳や翻訳をかましていては、もっと速い競合他者にすぐに割り込まれてしまう。

こういうとあなたはこう問い返すかも知れない。「それってかつての日本そのものではないか。なのになぜ日本人の英語力は低いままだったのか」と。違うのである。世界的な日本企業各社は、二番手戦略から出発してはいても、比較的早期に一番手戦略に切り替えたのだ。ホンダにCVCC、ソニーにWalkman、トヨタにプリウス…これであれば、英語力が必要なのは「インターフェイス」担当だけで済む。一番の商品は、それ自身がどんな言葉よりも雄弁に自分が何かを物語る。商品力は、英語力を補って余りあるのだ。

しかし楽天は英語力を選んだ。

今後も、誰よりも早く一番手に食らいついていくために。誰よりも速く一番手を追うために。

著者は、英語化のさらに先をにらんでいる。

"codenization"だそうだ。

僕の頭の中には、社内公用語英語化の次のプロジェクトがちゃんとある。英語の次に覚えるべき言語だ。中国語?いやそうではない。プログラミング言語だ。

通訳する間も惜しむのであれば、コードに落とし込む間も惜しむというのは実に自然な発想である。しかしその発想を実行に移すのは誰にでもできることではない。

二番手戦略が、誰にでもできることではないのと同様に。

さらにその先はどうなるのか。

Englishnization[sic]とcodenization[sic]の行き着く先は、delingualization かも知れない。著者は次に追うべき背中を、黙ってただ睨む。そこに社員達が他者の誰よりも速く駆け寄る…

その境地にまで達すれば、 Rakutenization を笑うものはいなくなるだろう。

ぜひ拝見したいものだ。

その意味で、本書のような奇書を著しているうちはまだ著者も吹っ切れてないとも言えなくもない。So here is a piece of 警句((c)小田嶋隆).

Stop making up fancy words and be what you really are.

Dan the Nullingual