出版社より献本御礼。

にも関わらず書評しあぐねているうちに早一年以上が経過しているうちに星雲賞受賞。おめでとうございます。

しかし、タイミングとしてはこれでよかったのかも知れない。

上梓直後の状況で、本書を落ち着いて読める人はあまりに少なかったであろうから。

本作「天獄と地国」は、「ΑΩ」以来10年ぶりの小林泰三長編。ファンとしてはこれだけでもう充分な買い材料のはず。

カバー背より
頭上に地面、足下に星空が広がる世界。人々は僅かな資源を分け合い村に暮らしていた。村に住めない者たちは「空賊」となり村々から資源を掠め取るか、空賊の取りこぼしを目当てに彷徨う「落穂拾い」になるしかない。世界の果てにもっと人間の暮らしやすい別天地があると確信した、落穂拾い四人組のリーダー・カムロギは、多くの敵と生き残りを賭けた戦いを繰り返し、楽園をめざす旅を続ける―。傑作短篇の長篇化完全版。

しかし上梓のタイミングが…奥付によると2011年4月25日。震災直後である。同じく星雲賞受賞作品である「魔法少女まどか☆マギカ」さえ放送予定変更を余儀なくされたことを鑑みれば、ワルプルギスの夜が猫なでに思える程核爆発と被曝にまみれた本書を同時期に勧めるのは私でさえはばかられた。震災も原発事故もまだ落ち着いたとは言えないとはいえ、「じたばたしてもしょうがない」程度にはなったこの時期に星雲賞受賞というのは実にいいタイミングだ。

本書の凄いのは、「ライト」かつ「ヘヴィー」で、「ソフト」かつ「ハード」なこと。話の流れそのものはややこしいところは実はあまりなくて、「天獄」というディストピアにいる主人公たちが、数多の困難を乗り越えて「地国」というユートピアを目指す旅行記である。

まあ登場人物のみならず登場人物が搭乗している"宇宙船"まで文字通り血湧き肉踊るのを「ライト」というのも語弊があるかも知れないが。アマツミカボシの勇姿は、こうである。

それは人間の姿に全く似ていないという訳ではなかった。だが、手足の関節は人間のそれよりも二つも多かった。全身から大小様々な触手が生えており、それぞれが無関係に蠢いていた。頭部には閉じたままの目のような器官が非対称に七つついていた。腹部は内蔵が剥き出しになっているとしか思えない状態で、常に粘液を撒き散らしていた。脇と脇腹からは特に巨大な触手が生えており、吸盤のような穴を開閉している。肩から背中にかけては金属でできた巨大な骨状の組織が突き出しており、展開を始めていた。頭部と胴体は首以外に様々な管で接続され、脈動すると同時にぬらぬらと反射していた。全長はおよそ六五〇メートル。骨翼を拡げればさらに一回り大きくなるだろう。

まあエヴァと巨神兵を足して十倍したようなこの子が、他の「邪神」や「ギガント」や「天使」や「オーパーツ」と取っ組み合うところを楽しむだけでも、「よ、小林屋!隅に置けねえ」んであるが、それもただ力任せに核爆弾と粒子ビームを投げつけ合うに留まらず、頭脳戦になっているのだから堪えられない。

脇役たちの壮絶な生い立ちの紹介もまた素晴らしい。それだけできちんと短編が成立するクォリティ。特にザビタン、ザビタン!ザビタァァアアアアンンンンンぁぁぁぁぁああああああ!クンカクンカ。ザビたん。名前さえ伏線になってるううぅぅぅ…

コホン。失礼。この時点でもう二度も三度も美味しいんであるが、本書、れっきとしたハードSFでもあり、ある作品の裏作品にもなっているのである。いくつ要素を盛り込めば気が済むのか。

それにしても今年の星雲賞は、いずれの部門も取るべき作品が取ってくれて本当によかった。今までで一番納得感が高い。

どすすめです。

Dan the SciFilia

ネタバレコラム - 「地国」の諸元

しかしこの「地国」はニーヴンのリングワールドそのものではない。実際に確認してみよう。

P. 29
「慣性に起因する見かけの力だな。……世界が回転しているというのか、カリテイ?」
カリテイは頷く。「およそ、十二日と十四時間でね」
P. 46
結果は食い違っていた。ほんの小さな違いだったが、誤差の範囲を超えた違いだった。現実の重力は計算による遠心力よりも七〇〇〇分の一だけ小さかったのだ

あとは、中心にあるのが太陽(と同等の質量を持つ恒星)であることを読み取れば以下の方程式を解くだけ。

g = 7000 * GMr^-2 = rω^2
∴
r = ∛(7000GMω^-2)
  = (7000*6.67384e-11*1.9891e30*(2*$pi/((12*24+14)*3600))**-2)**(1/3)
  = 303014352431.639 [m]
  = 2.02552583812705 [AU]
g = 10.1205484623554 [ms^-2]

重力はほぼ1G、半径は2AUつまり地球の平均軌道半径の倍と出る。リングワールドより倍も大きいのだ。これにはきちんと合理的な理由がある。

一通り計算し終えた後、ぐぐって見ると他にも計算された方が見つかったので、そこから引用。

過去の雑記02/ 7下
蛇足。この内側世界、地球の最高環境(赤道上)のピーク時(春・秋分の正午)に比べて単位時間単位面積あたり入射エネルギーが1/4になっている。それは暗すぎると思うかもしれない。しかし心配無用。この世界はずっと正午なのだ。地球赤道上、春・秋分の一日あたり平均入射エネルギーと比較するとπ/4程度。季節変動まで考慮すれば、ほぼ同等となるだろう。厳密に計算したわけではないが、2AUという数字は、年間平均の入射エネルギーが地球の赤道上と同等になるように設定したのではないだろうか。