出版社より献本御礼。

これ、もしかしてラノベ?

「夭逝した鬼才の遺志を、芥川賞作家が継いで完成させた」というメタデータはあえて無視して読んでいい。なにこれ普通に愉しめる。そうやって一通り作品そのものを愉しんでから、「元ネタ」や「アラ」を探す「つっこみ読み」をして二度美味しい。

コラボフィクションとしては、最高の一作ではないか。

本作「屍者の帝国」は、「ハーモニー」を遺して亡くなった伊藤計劃と「道化師の蝶」で芥川賞を射止めた円城塔の合作。

というと、なんか読む方も身構えてしまうが、ノンフィクション風のタイトルを付ければ「もし産業革命の原動力が蒸気機関ではなくゾンビだったら」となる。「もしIT革命が半導体ではなく蒸気機関でなされたら」というのが「ディファレンス・エンジン」で、本作の種本中の種本ということになる。同作もWilliam Gibson x Bruce Sterlingの合作だが、それはさておき同作の世界観はスチームパンク(Steampunk)として、同作を超えて日本でも「スチームボーイ」などに登場するが、その命名法で行くと本作は「フレッシュパンク」ということになる。 fresh punk ではなく flesh punk である点に注意。

「19世紀末の世界が、蒸気機関の代わりに死体に「ネクロウェア」をインストールした生体、いや屍体ロボットである「屍体」によってなされたら一体どうなるか?」あとはこれにそって話を展開すれば本書が仕上がる。

問題は、「両」著者がそれをどう仕上げるかなのだが、いやあ、なんというか - x - = + というか、魔法少女ものに例えたら「まどか」と「大魔法峠」をかけあわせたら、出来上がったのが「プリキュア」だったというか、そういう面白さが絶妙である。

伊藤も円城も類い希なる才能の持ち主であることには間違いないが、それぞれ単体ではそれを「ベタ」に使わないタイプの作家であったように思う。伊藤は「メタ」で、円城は「ネタ」で、どちらもファンには堪えられないが、ファンでない人にはどんな作品を書いた人か答えられない、そんな感じ。

ところが二人で書いたら、「ふつう」の物語好きにも愉しめる作品が出来上がった。伊藤のグロテスクも、円城の言葉遊びも、本作に欠かせない調味料でありながら、しかし本作の主題ではない。主題はあくまで歴史改変で、その意味ではむしろ戦国武将を美少女化したラノベに近い。

そうして一通り話を愉しんだあと、本作のメタデータを見直すと実に感慨深い。本作の主設定は死体に霊素スペクターをインストールした屍者なのだが、本作はそれとは逆に死者の魂を生者にインストルして書かれているのだ。そうして出来上がった伊藤計劃×円城塔は伊藤計劃でも円城塔でもない、「第三の男たち」となった。

もちろん(フィクションおよびノンフィクションにまたがった)歴史改変である以上、元ネタの扱いも本作の見所である。ああ、そういえばワトソンはアフガンに従軍してたっけ…こんなところにカラマーゾフの兄弟が…グラント大統領の裏の顔?…それだけに一つ引っかかったのが、金門橋ゴールデンゲートブリッジがしれっと出てきたとこ。これは明治の帝都東京に東京タワーがおっ立ってるぐらいずっこけた。まあ、これくらいはご愛嬌か。

本作が最初で最後の作品にしてしまうのがかなり惜しい。もう何作か 書 け な い か ?

Dan the Wetware