出版社より献本御礼。
マウスでの確立(2006)から6年、ヒトでの確立から5年、初の一般書「iPS細胞 ヒトはどこまで再生できるか?」から4年。今では書店の本棚の一列ぐらいは埋まるほど出ているiPS細胞に関する書籍であるが、ノーベル賞受賞でこれが本棚一つ分ぐらいになるのは確実だと思われる。
しかし本人による語り下しはその中でも格別である。しかも本書に限れば、「上の」方にではなく「下の」方に。ずばぬけて平易なのである。オビに「中学生から読める」とあるが、これは誇大広告どころかずいぶんと控え目な表現。小学校高学年からOK。語り聴かせるのであれば低学年でも大丈夫。全年齢向け。
本書「山中伸弥先生に人生とiPS細胞について聞いてみた」は、ふつうの人の、ふつうの人による、ふつうの人のための研究道。著者は、ほんとうにふつうの人なのである。「自分なんて何の取り柄もない人間だと思ってた。 ずっとこのまま、誰のためになることも、何の役に立つこともできずに、最後までただ何となく生きていくだけなのかなって。それは悔しいし、寂しいことだけど、でも仕方ないよねって、思ってたの」って台詞が似合ってしまいそうな、手練が20分で終える手術を2時間かけてしまう、同僚に「ジャマナカ」というあだ名を進呈されてしまうほど冴えない一人の整形外科医。
その人が、「すべての細胞を、生まれる前の状態に戻したい」という願いを成就させた。それが、iPS細胞。
とかくと、あちらの物語のようにずいぶん暗い話という感じになってしまうけど、そこはナニワ研究道。笑いとられっぱなしである。もう、こんな感じ。
P. 64ありがたかったのは、トムが「シンヤ、NAT1の研究、日本でつづけたらええやん。(作りかけの)ノックアウトマウスができたら、日本に送ったるで」(大阪弁訳)といってくれたことです。
もう終止こんな感じ。地の文が標準語で、台詞は元が英語だったものまでみんな大阪弁。
それでいて、言うべきことはきっちり余さず言っている。例えば、ノーベル賞の同時受賞者、ジョン・ガードンの業績紹介。普通の細胞の中にも、すべての細胞を作り出すのに必要な情報がすべて入っていることを核移植で証明した人。時は1962年。まさに著者が生まれた年。
P. 96ぼくは、科学技術は必ず進歩するので、いまは到達不可能と思われていることでも、理論的に可能なことはいずれ必ず実現すると考えています。
つまり著者がiPS細胞は必ず実現できると考え抜くことはできたのは、ガードンのおかげということになる。著者はiPS細胞研究を駅伝に例えているけれど、その第一走者が、ガードンその人。
それでは、著者は最終走者なのかというと、それは違う。ゴールがノーベル賞であればそういうことになってしまうけれど、著者のゴールがそこにないことは、本書を一読すれば否定しようがない。
著者のゴール、それはiPS細胞が、それまで治せなかった難病の人々を治すこと。
一刻も早く、しかしそれ以上に早すぎず。
P. 137iPS細胞ストックを作ることとあわせて、ぼくらがいちばん力を入れているのは、iPS細胞の安全性を高めるための研究です。ぼくは大学院生のときの最初の実験で「新しい薬、新しい治療法をいきなり患者さんで試してはならない」という教訓を学びましたが、同じことがiPS細胞についてもあてはまります。iPS細胞を実際の患者さんに役立てるには、iPS細胞のがん化(悪性腫瘍の形成)や奇形種(良性腫瘍)を防ぐ、iPS細胞から目的の細胞に確実に分化させて未分化の細胞を残さないなど、クリアすべき課題があります。
本書を読んでいたら、こういうことも防げていたかも知れないのに。
P. 190ぼくの父は、息子が臨床医になったことをとても喜んで死んでいきました。ぼくは医師であるということにいまでも強い誇りを持っています。臨床医としてはほとんど役に立たなかったけれど、医師になったからには、最後は人の役に立って死にたいと思っています。父にもう一度会う前に、是非、iPS細胞の医学応用を実現させたいのです。
ええ話や。
Dan the induced Reader

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