編集部より許可を頂いたので転載します。ありがとうございました>担当高岡さん
久々に臭いかぐわしいクソ本
クソ本より、クソなるものをキーワードにミソ本を取り上げることが増えた昨今、スルーするにはあまりにクソ臭かぐわしい本を紹介させていただく。『あんぽん』(佐野眞一)である。
「孫正義伝」とのことだが、伝記としての価値がないのはあとがきで敬称略を断りながら、プロローグで「ホリエモン(堀江貴文)」とある時点でわかる。米国大統領のリチャード・ニクソンの評伝が「ディック・ニクソン」になっていたら、その時点でダメなのと同じである。
伝記でないとしたら何なのか。孫正義(敬称略)および彼を含むIT起業家たちが体現したものに対する著者のルサンチマンである。「孫はやはり、パチンコ経営に行き詰まると、釣堀の『赤鯉』出血サービスで切り抜けた三憲の息子である」という、本書に満ちあふれるこうした表現は、「おまえのかあちゃんでべそ」ならぬ「おまえの父ちゃん在日」というもので、本書が焦点をあてているのは孫正義本人ではなくその父・三憲である。孫が成したことの大きさに焦点を当てるものこそが真の伝記とは言わないが、孫の出自がいかに卑しいかということに焦点を当てた本書の異臭はすさまじい。
本書が「伝記」でない理由
きわめつけが、書名である。これは、かつて孫正義の姓だった「安本」に「あんぽんたん」を引っ掛けた孫の子供時代のあだ名だそうだが、バラク・オバマの評伝に“The Nigger”とつけるに等しい蛮行ではないか。
還暦を過ぎた著者をそうさせたのは、単なる在日朝鮮人蔑視ではない。紙メディアを蔑視する孫に対する敵意が本書のもう一つの軸となっている。「三十年後には紙の本は美術工芸品の領域に入っている」と言い切る孫に、「紙の本の将来を心配するより、自分の会社の将来を心配した方がいい、三十年後になくなっているのはソフトバンクの方じゃないか、そんな啖呵の一つも切りたくなってくる」という著者は、いかに紙の本が盤石であるかを語るべきだ。そのかわりに「あんぽん」と孫を揶揄するのは、議論に負けた子供が相手を「son of a bitch!」とののしるのと何ら変わりはない。
「だから、私はこう言いたい。頼むから在日でいつづけてくれ。そして物議を醸しつづけてくれ。あなたがいない日本は、閉塞感が漂う退屈なだけの三等国になってしまうからである」という本書こそが、閉塞感漂う三等本である。辛うじて退屈に感じなかった功績は、著者の労ではなく、孫父子に帰するだろう。
Dan the Writer Thereof

私は『あんぽん』を読んでいません。「あんぽん」を読まずして、こんなことを書くべきではないかもしれませんが、弾さんのレビューでその臭さが十分に鼻につきました。
しかし嘆くべきは、佐野 眞一の臭さではなく、アマゾンにおける評価の高さです。
就職活動の時期に、色々な人から薦められ、『だれが「本」を殺すのか』を読みながら感じた、あの耐えられない"臭さ"。
そして、10年前に私を絶望させたのは、そのレビューの高さでした。